旅からす本館 日本をもっと楽しもう!!

butobosoと申します。 ヤフーブログ停止に伴い移行しました。自転車趣味を中心にライフスタイル全般ならびに旅日記をお届けします♪

自転車、鉄道、オートバイの手段で日本中を旅して30年以上。本土のみならず、北は礼文島から南は波照間島まで様々な土地を旅してきました。 分割ながら、自転車による日本一周を30代で終えました。 旅人宿であるユースホステルには300泊以上宿泊しました。 自費出版で「旅からす」なる旅の本も不定期に発行しています。 子育て真っ最中なので、中々旅には出られなくなりましたが、身近で小さな旅を楽しみながら、家庭崩壊にならない程度に多彩な趣味を楽しんでいます♪

3連休の初日を利用して、茨城県の石岡~鉾田駅を結んでいた
鹿島鉄道の廃線跡を中心に走ってきました。
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自宅を早朝4時半に出発して、電車を乗り継ぎ8時前に土浦駅に到着します。天気予報では3連休で一番の行楽日和といっていたのに、見事に外れ…。
今にも雨が降ってきそうな厚い雲。
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自転車を組み上げて、霞ヶ浦沿いの路をひたすら走り続けます。
右は霞ヶ浦、左はレンコン畑といった風景がずっと続きますが、
双眼鏡で野鳥を観察しながらですので飽きる事はありません。

かすみがうら水族館に立ち寄る予定でしたが、
まだ開館時間前なので諦めます…。

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霞ヶ浦大橋を過ぎて高浜方面に向かうと同じ霞ヶ浦でも風景が変わります。レンコン畑が無くなり、普通の水田に変わったのです。
さらに対岸の建物も見えています。こうなると普通の湖沼の風景ですね♪

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この辺りの柿の実も良い色合いになってきました♪
しかしこの後、民家の放し飼いの犬2匹に追いかけられます。
私、犬苦手なんです(汗)。

今日のメインである鹿島鉄道の廃線跡に入り込みます。私の持参しているロードマップは古いモノなので2007年に廃止になった鉄道路線が記されているのが有り難い!! 県道を走っているといきなり踏切跡に出くわします。

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しかし、踏切部分の線路が残るのに対して、
左右の路線部分のレールは既に撤去され、草が生い茂っています。
たった6年の月日で、線路跡は自然に帰ってしまっています(悲)。

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かつて学生の乗降客で賑わった小川高校下駅はホームは残るものの、
畑の中の遺物のようになってしまいました…。

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ところが、近くのグループホームの敷地内に
かつての車両が保存されていました♪

うれしい再会なのですが、もう鉄路を走る姿を見れない事に
残念な気持ちの方が大きく…。

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霞ヶ浦を望む、桃浦駅は木造駅舎が残されていました。
壊して更地にされてしまっては、鉄道の痕跡が消えてしまいます。
可能な限り残して欲しいものです。

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こちらは、私が鹿島鉄道の中で最も好きだった借宿駅跡です。
この辺りは里山に溶け込むようにレール跡は自然に戻ろうとしていました。

その後は、線路跡を追い続けるように自転車を走らせて、
終点駅のあった鉾田駅へ。

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駅舎は既に撤去され、残されたホームは、
311東北大震災の影響で陥没・倒壊しかけた状態でした。
思い出いっぱいの終着駅の無惨な姿に、冗談抜きに泣けてしまいましたよ。

廃線前の様子はこちらをごらんください。

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日本のローカル線は、次々と廃止に追い込まれています。様々な理由はあるのでしょうが、鉄道は走る地域の財産でもあります。簡単に見殺しにされるような昨今の状況に悲しさを憶えるのは私だけでしょうか…。

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鉾田駅を後にして、北浦の湖岸に出た頃には小雨がパラ付き、潮来まで走った辺りでは本降りに変わってしまいました。夕暮れ時の雨中走行は避けたいので、成田空港まで走る予定を切り上げて、佐原から列車に乗り込み、本日のサイクリング終了。

廃線になった鹿島鉄道とは対照的に、
成田線は多くの乗客で賑わっているのでした。
今回の日記はサイクリング目線で記しました。
後日、鉄道ジャンルの方で鹿島鉄道の廃線跡に特化した
詳細日記をまとめる予定です。

●コースは下記となります。
北浦の湖岸は、入組んでいて、中々前に進めず手強い路なのでした(汗)。
走行距離/168.3km(自宅から最寄駅まで往復距離を含む)

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