旅からす本館 日本をもっと楽しもう!!

butobosoと申します。 ヤフーブログ停止に伴い移行しました。自転車趣味を中心にライフスタイル全般ならびに旅日記をお届けします♪

自転車、鉄道、オートバイの手段で日本中を旅して30年以上。本土のみならず、北は礼文島から南は波照間島まで様々な土地を旅してきました。 分割ながら、自転車による日本一周を30代で終えました。 旅人宿であるユースホステルには300泊以上宿泊しました。 自費出版で「旅からす」なる旅の本も不定期に発行しています。 子育て真っ最中なので、中々旅には出られなくなりましたが、身近で小さな旅を楽しみながら、家庭崩壊にならない程度に多彩な趣味を楽しんでいます♪

 長野県南端の飯田市南信濃(旧南信濃村)の遠山川沿いには、
 かつて森林伐採の運搬を主に、沿線住民の旅客輸送も行っていた
 「遠山森林鉄道」が昭和19~43年まで運行されていました。

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 最盛期には、支線も含めると総延長は約30km。
 停車場は13ヶ所もあったそうです。
 機関車7両、貨車242両、客車5両の堂々たる運行形態。

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 《ルートラボ地図のA地点》
 起点となる、梨元貯木場跡はしばらく更地でしたが、
 有志の手により、レールと機関車、客車が整備されて展示されています。

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 案内板も用意され、かつての路線の略図がありました。

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 室内保管されている機関車はレストアの途中の様子。

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 このレールで復活走行イベントが計画中。その日が来るのが楽しみですね。

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 木造の客車は、中はこんな状態。こちらも整備待ちのようです。

 この森林鉄道跡は、林道として利用されて来ましたが、
 近年に被った天災により、路の廃道化が進んでいるとの情報。
 今回はその路を自転車で巡る事にしました。

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自転車は悪路走行や担ぎを可能とする山岳自転車のパスハンター。
 どちらもオーナーの経験や体格を元に組まれた専用オーダー車となります。

それでは、廃線跡の路を梨元停車場跡からスタートしましょう。
この日記は、下記のルートラボと合わせてご覧ください。

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上村川に掛かる橋を渡ると、すぐに採石場が現れます。
 何だかこの風景にもワクワク感があるのは何故でしょう?
 廃線・廃墟・廃道マニアな方なら、同じような気持ちになるのでは。

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 水量豊富な遠山側に沿うように、走りやすい路が最初は続きますが…。

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 すぐに、こんな悪路へと変わっていきます。
 それでも、自転車なら問題なく走り続けられます。
 何より鉄道跡の緩やかな上り勾配なのが助かるのです。

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 南アルプスの麓とも言える立地。
 遠山森林鉄道は、登山の遭難者や避難者の救済にも利用されたようで、
 このような石仏が時折見られます。
 その反面、ここまでの道程ではレール他の鉄道時代の痕跡は全く見られません。

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 《ルートラボ地図のB地点》
 突然現れた、作業詰所。
 北海道の炭坑住宅を思わせる、レトロな木造建物は今でも使われていました。
 詳細は分かりませんが、ここにも停車場もしくは信号場があったようです。

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 その証拠とも思われる、廃レールがここでは複数見られました。

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 自転車を立て掛けている、坑の部分もレールが再利用。
 これらの昔のレールが見れただけでも、ここに来た甲斐があります。

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 《ルートラボ地図のC地点》
 上須沢停車場跡に到着です。

  梨元より4.5km、2車線の広い場所に引き込み線があり、
  機関車の停車、また材木を引いた機関車の交互交通を行った。
  林鉄交通繁栄時、停車場の上、下で田畑耕す人多く、
  停車場は其処に住む子供の遊び場であった。
  今は車道に変わり、数人が田、茶の耕作に勤しむ。
                         (現地案内板より抜粋)

 このような案内から、かつては多くの人で賑わった様子が伺えます。
 しかし、停車場跡から見下ろした家屋には人の営みは感じられず…。

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 ここもまた、自然に戻っていくのでしょうか?

 真新しい国道バイパス工事が目立つ近隣の影で、
 古き鉄道跡の路は、その役目を終えようとしています。

後編につづく。
本日はコメント欄を閉じています。

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