隔月刊になったバイシクルクラブ誌ですが、その創刊は1985年でした。
当時の自転車雑誌といえば青年向け「サイクルスポーツ」と大人向け「ニューサイクリング」の月刊2誌となりますが、その他に自転車競技に特化した内容の「自転車競技マガジン」がありました。
発行は「週刊ベースボール」を発行するベースボールマガジン社。
内容は当時の自転車趣味の主流であったサイクルツーリングとは無縁の硬派な競技内容ばかり。
発行部数が少ないので、書店では発売日に買いに行かないとすぐに品切れ状態。
本当に欲しい人なら定期購入(当時は郵便自宅配送)しなければ入手の難しい雑誌だったのです。
私は毎月購入するのではなく、自分の出走したレースの結果が知りたい時にだけ購入。近所の本屋を時には数軒回って購入していました。
83年に完成した群馬サイクルスポーツセンターでもレースが行われていましたが、修善寺サイクルスポーツセンターほどの人気はありませんでした。
修善寺が5kmに対し、群馬は6km。でも、コースレイアウトは修善寺の方がテクニカルで勾配のキツイ区間もあり、厳しかったです。
修善寺CSCの伝統レースであるチャレンジロードは今でも行われていますが、群馬CSCはレース参加者が増えずに2000年代に入って民間企業に売却され、本格的なロードレースは激減したようです。
自転車競技マガジンはご覧のように、完走者が全て掲載されているのが有り難かったです。
当時は上位入賞でもしないかぎり、自分の順位すらよく分からない状況でしたから。
※後日個人の結果のみ郵送で送られてきました
今なら主催サイトからネットで全て分かるようになりましたけど、当時は何もありませんでしたから…。
現代とは違い、自転車競技も若者が主役。
この時、若者クラスは細かくクラス分けされていて、中学生と高校生だけでも300名以上、20代は3つのクラス合計で600名以上もいたのに対し、40代クラスは90名。50代は30名以下でしたから。
サイクルツーリング(自転車旅)が自転車趣味の主流だった時代ですが、これだけ若い自転車競技者がいたのです。今では考えられない状況でしたよね!!
そんな若者たちの多くは、自転車競技一辺倒ではなく、サイクルツーリングと合わせて自転車を楽しんでいる人が多かったです。
もちろん私もその一人。分割で自転車日本一周を目指しながらも、自分の力量を試したくてロードレースに参加していました。良いショップとチームに巡り会えたというところも大きかったです。
もちろん時代背景も違うし、若者の人口も多かったですが、今の中高年が元気に外遊びする流れは、こんな下地を体感していた人が多いからなんでしょうね。
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