ロードバイクブームはすでに終息したとはいえ、20年近く続いたことを考えると単なるブームと片付ける訳にはいかない。カーボン素材が普及することでロードも劇的に進化。クロモリ、アルミフレーム時代の硬派で扱いにくいロードレーサーのイメージを激変させてしまった。
それは良くも悪くも業界が潤ったからでもあり、業界側からすると儲かるロードバイク以外のサイクリング車を積極的に売りたがらないような流れを作ってしまった。
今、その殻を破ろうとしているのが電動アシスト付きの自転車になってしまった皮肉な流れ。
生活のために必要なシティサイクルのアシスト化は歓迎するが、それをスポーツサイクルにまで持っていこうとする愚行。
それは健全な自転車趣味の世界ではなく、弱者を取り入れる敷居の低さをアピールするに他ならない。
ブームを業界が作り上げようとする流れが自転車趣味をつまらなくしてしまったのは明らか。
そんな兆候を感じたのは、ロードバイクブーム前に起こったMTBブームだろう。
1970年代、ブームではなく自然発生的に起こった自転車による旅サイクリストの急増。
ランドナーを中心とした旅自転車が全国に溢れていた。それを支えた旅人の宿、ユースホステルの役割もとても大きかった。
ところが、そんな若きサイクリストたちが大人へと成長すると、世はバブル期に向かう頃とあって、オートバイやクルマ遊びに移行していく。当然、サイクリング車の売れ行きが落ちる中、起死回生の自転車がMTBだった。
アウトドアブームでキャンプやスキーが流行る中、MTBはそれらにリンクするようにお洒落な遊び的に浸透していく。
本来はタフでどんな荒々しい場所も走破できる車種として誕生したMTBがキャンプ場や、街中に増えていく流れを私は異常なことのように思えた。
各地にMTB専用コースが作られて、中には下りだけを楽しむようなダウンヒルコースも現れる。
※上から、3連勝、フタバクォーク、セオ(セマス)ダートブレイカー
このチャンスを逃すまいと、オーダーフレーム工房までMTBを作り始めた。
しかし、それは長続きしない。初期のMTBはクロモリフレームであったが、次第にアルミフレーム+サス付きが普及していくと、個人製作の小規模工房では対応しきれなくなったのだ。
それまで旅自転車と言われた4サイドバッグのキャンピング車(ランドナー含む)は、こんなパランスの悪そうなMTBに変わっていく。
すでに自転車旅するような行動派はオートバイ旅に切り替えていたから、旅サイクリストそのものが激減していた中でMTBキャンピング車を見かける機会は僅かだった。
最大手部品メーカーのラインナップは、ロードパーツとMTBパーツの2極だけとなり、整備マニュアル本も「MTB & ロード」となり、その中身はMTBメインの整備内容に偏っていた。
和製山岳悪路自転車(パスハンター)乗りの購読層が多いニューサイクリング誌面でも度々MTBが取り上げられた。
ただし、MTBの名を好まない同誌では頑なに「ATB(オールテラインバイク)」を通していたのは、ささやかな抵抗だったのかもしれない。
結局MTBブームは2000年前頃まで続き、ロードバイクブームが始まるとともに低迷。
街乗りとして購入した層が捨てたと思われるMTBが無残に捨てられていたのをよく目にした。
MTBは本来悪路を走破するための自転車であり、それが格好いいとか、お洒落とか勘違いした層が増えてしまったのだから、飽きられても仕方がない。
業界が、MTBブームの旨味から脱せられず、街乗りにも適したMTB派生種としてクロスバイクを販売した流れは、今のロードバイクブームからロード派生な車種が生み出された流れにもよく似ている。
要するに自転車趣味を本気で拡大させようとするのではなく、ブームを作り上げて、より高価な品を売りつけようとする魂胆が見え見えだ。
そんなことをしているから、それまでの趣味人たちは殻に閉じこもったようにブームを冷ややかに眺めつつ、昭和の自転車に噛り付いたままになってしまったとも思える。
話が逸れたが、ほとんど見かけなくなったMTBも、根強い愛好家たちは進化したモデルを受け入れつつもMTBに乗り続けているようだ。

現在売られているMTB。
ロードバイクほどではないが、ハイエンドモデルが50万超えの価格。
もはや街乗りが楽しいとは思えないスタイル。MTBもまた、レース機材的なルックスが定着。

こちらはダウンヒル専用モデル。
数は売れなくなったものの、MTBも確実に進化を続ける。
私にとっては、担げない悪路自転車には興味がない。
パスハンターにしがみつく私もまた、殻に閉じこもったサイクリストなのかもしれない。
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