旅からす本館 日本をもっと楽しもう!!

butobosoと申します。 ヤフーブログ停止に伴い移行しました。自転車趣味を中心にライフスタイル全般ならびに旅日記をお届けします♪

自転車、鉄道、オートバイの手段で日本中を旅して30年以上。本土のみならず、北は礼文島から南は波照間島まで様々な土地を旅してきました。 分割ながら、自転車による日本一周を30代で終えました。 旅人宿であるユースホステルには300泊以上宿泊しました。 自費出版で「旅からす」なる旅の本も不定期に発行しています。 子育て真っ最中なので、中々旅には出られなくなりましたが、身近で小さな旅を楽しみながら、家庭崩壊にならない程度に多彩な趣味を楽しんでいます♪

 「冬はスキーの板を履いて学校に行ったもんだよ」
 「一階は馬小屋、大雪で1階が埋まるから、2階に玄関があった」

 お袋は、豪雪地帯で知られる長野県の栄村で生まれ育った。

 6人兄弟の5番目、しかも女の子はあまり歓迎されない時代。
 中学を卒業すると、すぐに住み込みの看護学校に入り、
 その後、上京して父と出会ったらしい。


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 横浜一の繁華街、伊勢佐木町近くの大岡川沿いの理容店2階に下宿し、
 そこで兄を生み、当時憧れの住まいだった横浜市内の大規模団地に移住。
 そして、私が生まれた。

 小川流れる里山や田畑に囲まれるように造られた団地は、
 子供にとっては遊び場の宝庫のような住環境。
 しかし、大人になると閉鎖的な団地に物足りなさを感じ、
 私は奇遇にも両親の最初の住まいであった大岡川近くに移り住み、
 そこで家族を持つようになった。


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 横浜と一口で言っても広大であり、海に面した場所はほんの一握り。
 昭和末期の頃の横浜は、里山を悉く潰しマンモス住宅街と化した。
 平成の今は、昭和の横浜とは大きく様変わり。

 生粋のハマッ子は、実は少ない。
 私のように親を地方出身のルーツを持つ、名ばかりのハマッ子が多い。
 でも、親から命を与えられた、横浜という土地にみな思いは深いはず…。


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 母の葬儀は終わり一段落。
 まだ後処理は残りますが、ようやくいつもの日常に戻りつつあります。

 次男の気楽さ、風来坊的な性格のためか、
 別の土地に移住することを幾度も考えましたが、今は家族を持つ身。
 子供たちは3世代に渡り横浜で生活する「生粋のハマッ子」になりました。

 住む場所は変われど、横浜市内からは逃れられぬ。
 今はそれも善しと思えるのは、
 自分の老いに対する覚悟の表れかもしれません。


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 父と母、5年半ぶりの再会。
 きっと生前以上にうまく寄り添っている事でしょう。


 我が人生を与えてくれてありがとう!!。



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